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最高裁判所第三小法廷 昭和46年(オ)908号 判決

上告人

福知山信用金庫

右代表者

小林豊次

右訴訟代理人

岡垣久晃

被上告人

打田多重郎

右訴訟代理人

錦織幸蔵

右訴訟復代理人

錦織懐徳

主文

原判決を破棄し、本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人岡垣久晃の上告理由第一、二点について。

原判決の認定した事実は次のとおりである。すなわち、

上告人、被上告人および訴外エッソスタンダード石油株式会社(以下、訴外会社という。)の三者は、被上告人の娘婿であり石油販売業を営む訴外池平石油店こと植村平爾の経営が破綻したので、その再建を援助するため協議した結果、昭和三七年八月頃「(イ)訴外会社は上告人に二〇〇〇万円の定期預金をする(ただし、植村の上告人に対する債務を担保するため右定期預金債権に質権を設定しない)。(ロ)上告人は右定期預金を見返りとして植村に対し新たに二〇〇〇万円を限度として営業資金を融資する。(ハ)被上告人は右再建融資を担保するため、上告人に対し本件不動産に根抵当権を設定する。」との再建計画案を樹立した。ところが、訴外会社が右再建計画案を実施するか否かの意思決定を延引していた同年六月から同年一〇月頃までの間に、上告人は植村に対し同人の支払手形を決済させるためのつなぎ融資として合計三一七万円を融資したので、被上告人に対し早急に根抵当権の設定登記手続をするよう催促した。被上告人は、当初は二〇〇〇万円の新規融資が未だに実現されていないことに難色を示し、かつ、右つなぎ融資を被担保債権に含めることに反対して根抵当権の設定を渋つていたが、結局譲歩し、つなぎ融資を含めて被担保債権限度額を二〇〇〇万円とする根抵当権の設定登記手続をすることとし、その引換えとして、上告人がつなぎ融資の担保として預かつていた株券の交付を受けて、昭和三八年一月二六日右登記手続をした。上告人はその後も植村に対し引き続いて廻し手形の割引を行なつたほか、同年八月および同年九月の二回にわたり合計二二九万円の貸増しをした反面、同年八月から同年一〇月頃にわたり植村から担保権の設定を受けていた不動産を順次処分して旧債権の回収をした。これよりさき、訴外会社は、昭和三七年一〇月頃すでに再建計画案を承認しない旨の意思決定をしており、被上告人は遅くとも昭和三八年春頃までには右の事実を知るところとなつた、

というのである。

原審は、右の事実関係のもとにおいて、被上告人は訴外会社が上告人に対し二〇〇〇万円の定期預金をするものと誤信して本件根抵当権の設定契約に応じたのであるから、右定期預金が実行されない以上、同契約はその要素に錯誤があるものであつて無効であると判示している。

しかし、前記認定事実によれば、上告人は、被上告人に対し右二〇〇〇万円の定期預金を見返りとする再建融資のほかに、上告人がすでに植村に貸し付けたつなぎ融資をも担保することを目的として、本件根抵当権の設定を要求し、被上告人も、右の二種類の債務、すなわち、植村が上告人に対し現に負担している債務と将来負担することのあるべき債務とを被担保債務として、本件根抵当権の設定契約の締結に応じてその登記手続をし、これと引換えに、つなぎ融資の担保、物件であつた株券の返還を受けたのであるから、本件根抵当権の設定契約は右各債務を担保する二個の目的を有していたものというべきであり、その一の目的について原判示のような錯誤があつたとしても、そのために他の目的をも達成できなくなるものでないかぎり、本件根抵当権設定契約の全部が無効となるものではないと解すべきである。けだし、契約の当事者は特別の事情がないかぎり契約の目的達成を意図するものであるから、契約の一部の目的について無効原因が存する場合であつても、その部分を除いてなお当事者の意図した目的の達成が可能であるときは、該契約を右目的の達成が可能な範囲で有効とすることが、契約当事者の意思に合致し、公平の原則にもかなうものというべきだからである。ところが、原審が、本件根抵当権設定契約はつなぎ融資および再建融資の双方を被担保債権とするものであると認定しながら、再建融資の分のみに関する錯誤により直ちに本件根抵当権設定契約の全部が無効であると即断したのは、前述の一部無効の法理の解釈を誤り、かつ、理由に齟齬があるといわなければならない。しかも、原審はつなぎ融資を本件根抵当権設定契約締結前の融資に限定しているけれども、本件においては、上告人は同契約の締結後も引き続き植村に対し手形割引および新規貸付等の融資を継続しているのであるから、当事者の意思の解釈いかんによつては、本件根抵当権は、上告人が訴外会社による定期預金の預入れの有無にかかわらず、植村の営業を継続させるために必要な限度で将来の融資をも担保する目的を有したものと解する余地もないわけではないのである。

もつとも、原審は、被上告人が昭和三八年春頃上告人の篠木理事長に対し再、建融資が実現できない以上、本件根抵当権設定登記を抹消するよう要求したところ、同理事長はこれを承諾したとの事実を認定しており、右事実によれば、本件当事者双方は、再建融資が実現できない以上は、本件根抵当権設定契約全部が無効となることを了承していたものと解しえないわけではない。しかし、本件記録に徴すれば、右認定事実を認めうる証拠は原審における証人赤井一作の証言および被上告人本人の供述のみであるところ、原審認定のその余の諸事実によれば、上告人は植村から徴した担保物件をもつてしてはつなぎ融資までをも担保しえないものと判断して、被上告人に対し再建融資のほか、つなぎ融資を担保するためにも本件根抵当権の設定を強く要求したものであり、しかも、本件根抵当権の設定登記手続を受けるのと引換えに、つなぎ融資の担保として預かつていた株券を被上告人に返還し、つなぎ融資の担保としては本件根抵当権以外には存しないこととなつたことが明らかである。かかる状態のもとにおいて、金融機関たる上告人が本件根抵当権設定登記の抹消を承諾する場合は、その被担保債権の弁済を受けたか、またはこれに代わる他の担保の提供を受ける等、特別の事情がある場合以外には考えられないにもかかわらず、原審がかかる特別の事情が存在することをなんら認定することなく、漫然と前記証言・供述を採用し、上告人の篠木理事長が本件根抵当権設定登記の抹消を約したと認定したのは、経験則に反し、かつ、理由不備の違法があるといわなければならない。

してみると、原判決には右の諸点において違法があるとする論旨は理由があるに帰するから、その余の上告理由については判断を加えるまでもなく、原判決は破棄を免れず、右の諸点につき更に審理を尽くさせるため、本件を原裁判所に差し戻すのを相当とする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(関根小郷 田中二郎 下村三郎 天野武一 坂本吉勝)

上告代理人岡垣久晃の上告理由

原判決は「訴外植村平爾経営の石油類販売業池平商店が経営難に陥り、仕入先の訴外エッソスタンダード石油株式会社(以下エッソと略称)に対し千万円以上の、融資銀行である上告人に対し、二千万円以上の債務を負い、倒産必至の状態に陥つたので、エッソの京都営業所上告人訴外植村及び同人の親戚知人がその再建について協議した結果昭和三七年八月頃『エッソは上告人に金額二千万円、期間一〇年の定期預金をなし、上告人はこれを見返りとして訴外植村に新たに二千万円を限度とする営業資金を貸与する』との趣旨を含む池平商店再建計画案がたてられたこと、しかし右定期預金につき質権の設定を受けることが期待できなかつたので、上告人が右貸付につき訴外植村の親戚知人において相当の担保を提供することを要求した結果植村の妻の父である被上告人においてその所有の本件不動産を再建融資の担保として提供することに同意したが、担保権の設定登記をなすことを渋り、昭和三八年一月二六日に至り漸く本件根抵当権設定登記をなしたこと、その間に上告人は訴外植村の差迫つた支払手形決済資金として合計三一七万円のいわゆるつなぎ資金を貸与したこと、被上告人は右つなぎ融資も本件根抵当権の被担保債権に含ましめることを承諾し、上告人は右つなぎ融資の担保として受取つていた訴外堀重三名義の鐘紡八千株の株券を被上告人に渡し担保から抜いたこと、結局本件根抵当権は右つなぎ融資を含め上告人が訴外植村に対し池平商店再建資金として新たに融資すべき二千万円限度の融資金の債権担保のため設定されたもので、焦付きとなつた旧債は被担保債権に含まれていなかつたこと、ところで前記再建計画案は、エッソの本社において昭和三七年一〇月頃池平商店に再建の見込がないとの結論に達し、これを承認しなかつたため、上告人においてエッソより二千万円の定期預金を受けることが不可能となり、従つて植村に対し再建計画案に立脚した二千万円の新規融資を行うことができなくなつたこと、右事実を知つた被上告人は昭和三八年春頃当時の上告人の理事長篠木に対し再建融資ができない以上本件根抵当権設定登記を抹消するよう要求したところ同理事長はこれを承諾したこと、本件根抵当権設定登記後も訴外植村は上告人より廻し手形による手形割引を受け、昭和三八年八月及び同年九月の二回に計二二九万円の貸増を受けたが、右はいずれも再建計画による新規融資にもとづくものとは認められず、却つて上告人は昭和三八年八月から同年一〇月頃にかけて植村が担保に供していた不動産を次々に処分して旧債の回収を強行していた事実からして、エッソが再建計画案を承認しなかつたため上告人としても同計画案にもとずき植村に対し再建のための新規融資を行なう意思を失つたものであることを否定し得ないこと、ところで、本件根抵当権設定の目的は、訴外植村に二千万円の新規融資を得させることにあり、若し右新規融資が得られなければ被上告人において本件根抵当権の設定に応じなかつたであろうことは上告人においても十分了承していたものと認められるから、右根抵当権設定の目的は特に設定契約において明示されていないとしても右契約の重要な内容として互に了解していたものということができ、そうすると、エッソの再建計画案不承認により右新規融資が実行不可能となつた以上本件根抵当権設定の目的は失われたものというべきであり、これを知らないで根抵当権の設定に応じた被上告人には法律行為の要素に錯誤があつたものと解するのが相当で、本件根抵当権の設定契約は錯誤にもとずき無効というべきである。」旨判旨している。

しかし、右原審の事実認定には次に指摘するような審理不尽、理由不備の違法(民訴三九五条一項六号該当の違法)があり、又民法九五条の適用を誤つた違法(民訴三九四条後段該当の違法)がある。すなわち

第一点 本件根抵当権は、その設定前になされた三一七万円のつなぎ融資を含め将来上告人が植村に対しなす池平商店の再建融資により植村が上告人に負担することあるべき債務を、二千万円の限度において担保するにあり、上告人が右融資の資金源をどこに求めるかは本来上告人側において決定すべき事項で、本件根抵当権の効力とは関係がない。唯再建計画案においては、右融資を容易ならしめる方法としてエッソより上告人に金額二千万円、期間一〇年の定期預金をなし、これを上告人より植村に対する再建融資の資金源となすことが予定されていたので、エッソが右定期預金をしなければ上告人においても必らずしも植村に対し再建融資をしなければならないものではなかつたがそのことから直ちに上告人の植村に対する二千万円限度の再建融資が不可能になつたものということはできない。エッソの再建計画案不承認に拘らず、右再建融資をなす、なさぬは上告人の独自に決定し得るところであり、その決定に当つては池平商店と上告人との従来の関係、再建の見込の有無、融資の形態、方法、時期等が考慮事項となる。若し早急に、短期間内に全融資を貸付のみの方法によつてしなければ再建の目的を達し得ない状況であつたとすれば、エッソの再建計画案不承認により上告人の植村に対する再建融資も或は実行不可能となつたといい得る余地があるかも知れないが、然らずして手形割引の方法による融資をも含め池平商店において必要とする当面の営業資金を随時融資し、負債整理資金も相当の期間内に漸時融資すればよい状況であつたとすれば、エッソの再建計画案不承認により直ちに上告人が二千万円限度の融資を行なうことが実行不可能になつたものということはできない。又上告人と池平商店との取引関係は植村の父の代からの永年にわたるものであり、その上多額の貸付をなしている上告人として池平商店の再建に熱意を有していたことは当然で、さればこそ再建計画案に参画し、本件根抵当権設定登記までの間に倒産を防ぐためつなぎ資金として三一七万円を融資し、エッソの再建計画案不承認が判明してから後も引続き手形割引の方法による融資を継続し(証人植村平爾の第一審における第二回目の証言によれば、本件根抵当権設定登記後昭和三九年一〇月頃までの間に植村が上告人より受けた手形割引の総額は約一千万円に達し、そのうち約一二〇万円が不渡となり植村の債務となつて残つたことが認められる)、さらに昭和三八年八月及び九月の二回に計金二二九万円の貸付を行つているのである。

原審は、上告人が昭和三八年八月から同年一〇月頃にかけ植村が担保に提供していた不動産を次々に処分して旧債の回収を強行していたとなし、この事実から上告人がエッソの再建計画案不承認により植村に対し再建のための新規融資を行なう意思を失つていたものと推断しているが、右担保物件の処分は植村の上告人に対する旧債の残額が当時一千七百万円以上もあり(乙八号証の一参照)、その金利だけでも莫大な額に達し、池平商店の大きな負担となつており、そのまま放置すれば再建を阻害するので、経理関係を正常化させるため植村をして担保物件を任意売却せしめ、これを旧債の償却に充てたもので(任意売却である点について証人植村平爾の証言参照)、右担保物件の処分により池平商店の営業継続並びに再建が阻害された事実はないから、前記原審の認定は単に担保物件の処分という外形的事実のみから恰も上告人が池平商店に見切りをつけ再建の意思を失つたとなすもので盲断である。

又原判決は、昭和三八年春上告人の理事長篠木が、被上告人に対し、本件根抵当権設定登記の抹消を承諾した旨認定しているが、被上告人自身第一審における本人尋問において『エッソが二千万円の定期預金をしないということを最終的に知つたのは昭和三九年一〇月頃と思う。それでその後何回も上告人に本件根抵当権設定登記の抹消を請求したが、篠木理事長が、エッソが預金しないとしても池平商店の再建ということについてはこのままに捨ておくに忍びない、何んとか再建の方法を考えると云うので再建が可能なら待つと答えた』旨供述しており、右認定はこの被上告人本人の供述と相反するのみならず、三一七万円のつなぎ融資を本件根抵当権の被担保債権に含ましめることにつき同意を得、右つなぎ融資の担保の一部(鐘紡八千株)を本件根抵当権に振替えた上告人がたやすく本件根抵当権設定登記の抹消に応ずる筈もないから、前記認定は篠木理事長が死亡しているのを奇貨として出鱈目を述べた原審証人赤井一作の供述を無批判に採用したものであること明らかである。

再建計画案がたてられた当時倒産必至の状態にあり、その後二、三の者から破産の申立を受けた植村が(第一審証人原田定雄の証言参照)倒産することなくその後もともかく池平商店の営業を継続することができたのは、ひとえに上告人が池平商店の危機に臨み三一七万円のつなぎ融資をなし、引続き手形の割引に応じ、昭和三八年八月及び九月の二回に計二二九万円の貸付をなし資金的援助をなしたためであることは到底否定し得ない(植村には上告人以外に取引銀行がなかつたことについて証人植村及び原田の証言参照(なお被上告人自身、上告人が昭和四〇年八月三一日頃本件根抵当取引契約を解除したので池平商店の再建は不能となり、壊滅的打撃を受けたと主張している点に留意されたい))。従つてこの事実に目をおおい、エッソの再建計画案不承認により、上告人が植村に対し池平商店再建のための新規融資を行なう意思を失つたものとなす原審の認定には到底承服することができない。

要するに、原判決は、池平商店と上告人との深い関係に思いを致すことなく、又池平商店が援助を必要としていた再建資金の具体的状況、その融資の形態、方法、時期等の点について十分審理を尽さず又上告人が本件根抵当権設定後エッソの態度とは無関係に独自に池平商店の再建につき前叙手形割引貸付の方法により資金的援助をなしていた事実があるに拘らず納得の行く説明もなくして本件根抵当権設定後再建のための融資を全く行なつていないと独断し、未確定の当初の再建計画案にのみ捉われ、エッソの同案不承認により上告人の植村に対する再建融資も実行不可能になつたものと速断したもので到底審理不尽、理由不備のそしりを免れない。

第二点 被上告人が、本件再建計画案がたてられた当時から、上告人が植村に対しなす再建融資に対し本件不動産を担保として提供することに同意していたこと、しかるに被上告人がその設定登記をなすことを渋つている間に植村が差迫つた支払手形の決済資金に窮し、上告人が取敢えず三一七万円を融資し、もつて植村の再建を援助したことは原判決の認定するところであり、成立に争いのない乙第五号証、一審証人原田定雄、一、二審証人西垣千秋の証言によれば、被上告人は右事情を知つていたので本件根抵当権の被担保債権に右つなぎ融資を含ましめることを承諾したものと認められる。なお上告人が本件根抵当権の設定を受けた際右つなぎ融資の担保として差入れられていた堀重三名義の鐘紡株式八千株の株券を被上告人に交付したことは原判決の認定するところでこれは担保の交換である。さすれば仮にエッソの再建計画不承認により上告人の植村に対する新規融資が実行不可能となつたとしても、前記つなぎ融資の部分までも含めて本件根抵当権設定契約全部が要素の錯誤により無効であると判断するには特段の説示を要するところ、原判決はこの点につき納得の行く説明をしていないから、この点についても原判決には理由不備がある。〈以下、第三点、第四点―省略〉

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